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今後の予定
・7月 5日(土)午後2時~
桟橋朗読会 沓見交流施設{楽市座」
・7月19日(土)午後1時30分
家族会定例会 沓見交流施設「楽市座」
8月の家族会定例会は夏休み
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「長嶋 茂雄」
「ミスタープロ野球と呼ばれた長嶋茂雄・巨人軍終身名誉監督が6月3日午前6時39分、肺炎のため都内の病院で死去した。」
千葉県の佐倉一高(現佐倉高)から立教大に進み、東京六大学リーグでは1957年秋に当時の六大学記録を破る通算8本塁打の新記録を作った。58年に巨人に入団し、打点王、本塁打王の2冠に輝いて新人王を獲得。翌59年には、初の天覧試合でサヨナラ本塁打を放つなど、無類の勝負強さでブームを巻き起こした。王貞治選手とのコンビは「ON」と呼ばれ、65年からのV9達成の中心選手として黄金時代を築き上げた。
背番号「3」は巨人軍の永久欠番。74年、後楽園球場で「わが巨人軍は永久に不滅です」の名言を残し、17年間の現役生活に別れを告げた。同時に巨人監督に就任し、2度のリーグ優勝を果たした。93年に巨人監督に復帰。3度リーグを制し、94年と2000年には日本一に輝いた。01年に勇退し、終身名誉監督となった。
03年にはアテネ五輪アジア予選で日本代表監督として指揮を執り予選を突破したが、04年3月、脳梗塞を発症し五輪での指揮を断念した。それでも懸命にリハビリに打ち込み、「もう一度走りたい」と目標を掲げ、回復に努めた。13年には巨人で指導した松井秀喜さんとともに、国民栄誉賞を受した。21年の東京五輪では王さん松井さんと3人で聖火ランナーを務め、同年秋、野球界から初となる文化勲章を受章した。
長嶋さんが高次脳機能障害になったと言われる脳梗塞は2回だと言われています。1回目は2004年3月、アテネ五輪で野球の日本代表の時でした。68歳。自宅で倒れ東京女子医大病院に運ばれました。その時には意識もあり受け答えが出来る状態だったと言いますが、後遺症として右半身マヒ・言語障害でリハビリに専念。2回目は脳出血でしたが、早期の対応だったので後遺症はなかったそうです。リハビリ病院では、同じリハビリの患者の皆さんに「ガンバレ、もう少しだ!ガンバレ」と励ましていたそうです。さすがミスター長嶋です、リハビリ病院でも監督でしたね。感動をありがとうございました。ご冥福をお祈り申し上げます。
長嶋茂雄
生年月日:1936年2月20日 2025年6月3日 没89歳
出身地:千葉県 佐倉市 身長:178cm
通算成績(1958~1974) 打率 305(歴代19位) 本塁打 444本
打点 1522 安打 2471
表彰 新人王(’58) 最優秀選手5回 ベストナイン17回
ゴールデングラブ賞2回 正力賞1回(’94)
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高次脳機能障害「脳梗塞」
「脳血管の一部が詰まり、その先に十分な血流がいかず脳細胞がダメージを受ける病気。これが脳梗塞です。」
日本人に多い3大疾病は、1位「癌」2位「脳梗塞」3位「心筋梗塞」と言われていますが、1位の癌(がん)は宣告を受けてもまだ余裕があります。3位の心筋梗塞は「朝起きてこないので起こしに行ったら冷たくなっていた。」という話を聞きますが、突然起こります。普段、私たちは夜になると眠くなり朝目が覚めますが、再び目を覚ますことはありません。おそらく本人も知らないぐらいに突然でしょうね。3大疾病のなかでも困るのが高次脳機能障害といわれる脳梗塞です。
道で突然倒れたり会話の最中に話が出来なくなったり、手や足に異変を感じて救急や自力で病院へ行くと、医師の診断は「脳梗塞」。家族の皆さん、話には聞いていましたが「まさか自分の家族が!」と不安にもなります。この脳梗塞の診断を確定するために、頭部MRI検査・頭部CT検査・心電図・心臓超音波検査などが行われます。主な治療には薬物治療とリハビリテーションがあります。また、再発を予防するために手術をすることもあります。脳梗塞を起こして一定の時間以内に適切な治療を受ければ、後遺症が残らない可能性が高まります。そのため、一刻も早く治療を受けることが重要な病気です。
この脳梗塞は、脳卒中やくも膜下出血と同様に、脳に関する病は病名でそれぞれの治療方法があります。医師は家族に「当事者に合った最善の治療方法」を説明してくれます。この時はまだ後遺症はわかりません。入院して治療が進み、めでたく退院してリハビリ病院に転院、社会復帰に向けての第1歩です。この時に担当者は家族に「当事者に現在出ている後遺症の説明がありますのでその改善に向けて最善のリハビリ」を説明をしてくれます。ここで出てくるリハビリ名が「高次脳機能」です。当初は低いレベルでのリハビリから様子を見て徐々に段階を高いレベルに上げていきます。身体に出る後遺症が重いほど時間がかかります。ここで当事者と家族が闘う相手がわかります。それが「高次脳機能障害」です。
この高次脳機能障害との闘いは、受傷後病院を退院しリハビリ病院も退院して「やれやれこれで安心」と思ってはいけません。これは単に病院の役割が終わったに過ぎません。当事者と家族の高次脳機能障害の闘いはここから始まります。家に帰り2・3日後「ん?」当事者の様子に違和感を感じます。これが1週間・2週間経って「やっぱりおかしい?」。そこでリハビリ病院の担当者に尋ねると、担当者は脳の受傷部位に重い軽いの違いはありますが、多くの症例で想像できますのでアドバイスをします。
さて、ここからが本題です。高次脳機能障害に同じ解決方法はありません。リハビリ病院は手厚い看護ですから本人も病院だとわかっています。ところが自宅に帰ると高次脳機能障害に本人の性格や家庭環境が加わりますので、家族にしてみれば性格が変わった・忘れっぽくなった。本人にしてみれば、今まで出来たことが上手く出来ない・覚えられないなど、家族と本人の歯車が嚙み合わずお互いにストレスでが溜まってギブアップ。そこで再びリハビリ病院の担当者に相談すると、今後の生活相談や高次脳機能障害者が集まる家族会を紹介されます。生活相談は当事者家族を行政面から、家族会は当事者を支える家族の支援を中心に集まっています。日々努力している家族の皆さんが倒れればその家族の崩壊になりかねませんので、今後どうして行ったらいいのかを皆さんで考えます。
さて、ここで高次脳機能障害にならないための予防で、各市・町で行っている健康診断には血圧・尿・肝機能等の検査はありますが、頭部MRI検査・頭部CT検査等はありません。実施する場合は実費になります。「こんなに健康なのに20~30万円かけて誰がやる!」…まあ皆さんそう思いますよね。ところがある医師によると、「検査をすると働き盛りの方も時々いますが高齢者はほとんどが引っ掛かります。いわば予備軍ですね」。ですが各市町の予算を考えると膨大になるのできません。
この予防には日頃の食生活や生活習慣を考えなければなりません。高次脳機能障害は2回なったらレッドカードです。葛飾北斎さんは2回、長嶋さんも2回、歌手の西城秀樹さんも2回です。1回目をイエローカードと覚えておいてください。もし家族の誰かが高次脳機能障害になった場合、過激な運動のスポーツジムやサウナなどはとんでもありません。歩くことやヨガなどの軽い運動で体調に注意してストレスのないようにする。食事はコンビニ弁当や外食は絶対ダメ。不安であればリハビリ病院に相談すればその方に合った食生活相談の部所を紹介してくれます。また、行政も今後のその方に合った最善の生活支援を提案してくれます。ただ、支える家族に過度の負担となれば本末転倒ですから家族会に相談ですね。「指を切ってバンドエイドで1週間で治った」というレベルのことではなく、脳のダメージの回復には年単位の時間がかかります。当事者が社会復帰をするためには多方面の支援がかかせません。家族だけで悩まず積極的にSOSを発信することが大切です。
*このお話はすごく簡単に話していますが実際は家族の今後がかかっています。長嶋さんも言っていました「勝つ!勝つ!勝つ!」高次脳機能障害に皆さんで勝つために共に頑張りましょう!
・高次脳機能障害支援法を成立させましょう。
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さて7月は和名を文月(ふみづき)というそうで、古くから学問に親しむ時期とされていたこともあり、書物や文字に関係の深い名前です。6月中旬ごろから梅雨に入ることで、知的な活動を楽しむのにもふさわしい月といえます。一般的には7月7日の七夕で織姫と彦星が年に一度出会うということでご存じでしょう。夜空に広がる天の川を眺めながら願いを託す。なんてロマンチックなことと思いますが、この時期は梅雨ですから晴れるのが難しいので、本でも読むか…ということになりますかね。
花でいえばこの時期アジサイが花盛りです。花言葉は「移り気」「冷淡」「無情」だとか、おいおい!誰が付けたんじゃー!アジサイに失礼だろー!責任者出てこ〜い!なんて思いましたが、じつはアジサイの色によって花言葉が違うようです。「移り気」や「冷淡」は青の花で、土によって花色がいつのまにか変化する性質に由来しているようです。ピンクや赤は「元気な女性」「強い愛情」、紫は「謙虚」「神秘」、白は「寛容」「ひたむきな愛情」とか、「元気な女性だからプレゼントで赤を持っていったら、途中で青になっていて顔が青くなった」なんてことがないようにしてくださいね。
本日もご覧になっていただき有難うございました。
