****************************************
今後の予定
11月15日(土)午後1時~ 沓見楽市座
家族会定例会
11月15日~26日(12日間)
第25回夏季デフリンピック競技大会東京2025
11月30日(日)10時~15時 準備:9時30分集合 野島崎灯台前広場
第26回「きらり」お楽しみ広場
フリーマーケット・雑貨販売
12月20日(土)午後1時~ 亀田リハビリ病院
本年最後の家族会定例会
**************************************
「安房3名工」
・武志伊八郎信由(初代伊八/たけしいはちろうのぶよし)
鴨川出身の彫刻家。波の表現を得意とし「波の伊八」との異名をもちます。その名は
関西にまでとどろき、「関東に行ったら波を彫るな、波を掘らせたら日本一の伊八が
いる」と、他の彫師からも一目置かれる存在でした。その表現は葛飾北斎にも影響を
与えたとされ、『富嶽三十六景 神奈川沖浪裏』は、いすみ市行元寺(ぎょうがんじ)
飯縄寺(いずなでら)の欄間彫刻に構図が酷似しています。伊八の名は5代まで続き
ました。
・後藤義光(ごとうよしみつ)
宮彫師(みやほりし)となった初代義光は、最初は主に相模の国や今の横須賀市にあ
る神社の本殿の彫刻でした。42歳になった初代義光は、鎌倉から生まれ故郷の北朝
比奈村(千倉町)に戻り、安房を中心に活躍するようになります。千倉の円蔵院(え
んぞういん)をはじめ、次々と仕事をこなし寺社の彫刻はもちろん、山車や神輿、ま
た、個人宅の欄間なども数多く手がけました。初代義光の特徴は、その作品にしっか
りと自分の銘を入れる。そのおかげで、初代義光の作品は後生特定しやすくなってい
ます。
・武田石翁(たけだせきおう) 本名は鎌田周治。
旧三芳村本織に生まれ。幼いころより細工が得意で13歳で名工、小滝勘蔵に弟子入り
しました。のちに小滝家に婿養子に入ります。40歳ごろより石翁を名乗り、石工より
もより芸術的な石彫に精を出し一時江戸で活動していたこともありました。多くの石
仏や狛犬、宝塔などを手掛けましたが、なかでも得意としたのは黒ろう石の精密な彫
刻で、特に晩年に多くの傑作を残しています。
「家族会施設研修実施報告1 いすみ市 伊八の飯縄寺(いずなでら)」
10月17日(金)家族会視察研修で安房3名工の一人「初代伊八」の彫刻がある
飯縄寺に行ってきました。この飯縄寺は、仁王門・鐘楼(しょうろう)・本堂があり
ます。日本の寺院といわれる建物には最初に仁王門があります。飯縄寺の中では最も
古い室町期様式で、屋根がめずらしい茅葺で鳥が羽を拡げたような形をしています。
門の中には左右に仁王像が立っていて、上半身裸で筋骨隆々とし、阿形像は怒りの表
情を吽形像は怒りを内に秘めた表情を表しています。寺院内に仏敵が入り込むことを
防ぐ守護神としての性格を表しているということです。鐘楼は、1851年建立で4
面すべてに彫刻があり、かなり豪華なつくりになっていました。
さて今回の目的の1つである波の伊八の彫刻がある本堂です。入口の上には、天狗
とカラス天狗の巨大な彫り物が睨みをきかせ、中に入ると3枚の彫刻が目にはいりま
す。真ん中は大きな「天狗と牛若丸」。両脇は「波と飛龍」で板に彫ったのと違い、
欅(けやき)の一本木で彫っているので奥行きがあり、両側の龍は阿吽(あうん)に
なっていて波は外房の荒れた波がよく出ています。伊八の最高傑作と言われ14年の
歳月をかけて彫ったそうです。この伊八が彫った「天狗と牛若丸」は、「京都の鞍馬
山に天狗が住んでいて牛若丸が武術の教えを受け、奥州に行くなら途中に上総の飯縄
寺にいくがよい」と言われた模様を彫刻にしたそうです。飯縄寺の飯縄大権現はカラ
ス天狗の姿をしていて武運長久の神として崇められていたという伝説があるそうです。
また、両側にある「波と飛龍」は、葛飾北斎が絵師として大きな壁に阻まれていた
時期に、旅先で飯縄寺にある伊八の波を見て描いたとされるのが「神奈川沖浪裏」だ
ったそうで、今回の視察研修の皆さんが今見ている彫刻を北斎も見たんだと思うと感
激しました。北斎のその後は、江戸庶民の姿を絵にした「北斎漫画」やベルリンから
取り寄せた塗料が深い青の「ベロ藍」に感激して「富嶽三十六景」を描いたりしたと
聞いていましたので、北斎の人生は伊八の彫刻が原点だったと思いますね。北斎の絵
が外国に知られるようになったきっかけが、西洋に輸出した陶磁器を包んだ紙が北斎
漫画で「これは面白い誰が書いた」と評判になり北斎と分かります。日本から絵を取
り寄せた「富嶽三十六景」の中に「神奈川沖浪裏」があり、ルノアールやモネ・ゴッ
ホなど印象派といわれる画家が大絶賛で一躍世界が注目します。鴨川出身の伊八の彫
刻は南房総地域にも多くありますのでぜひ見にいきたいですね。
そしてこの飯縄寺には、1805年に本堂ができた時に最後の装飾として天井画が
あります。本堂に入ってすぐ上の「龍図」と格子の内側に52枚の天井画です。この
絵は三代目堤派の堤等淋(つつみとうりん)が書いた絵で、絵馬や屏風などを得意と
した絵師で、伊八とも交流があったそうです。52枚の絵は、野菜や花などが描かれ
ていて、平成24年に修復が行われたそうです。伊八と等淋は200年以上も前に交
流があった2人の共演ですから機会があればぜひ見ていただきたいですね。
「家族会施設研修実施報告2 社会福祉法人 ピア宮敷第一工房」
同じ日に、障害者就労支援施設「ピア宮敷第一工房」の施設見学も行きました。
最初に担当の方が、「この施設は、広々とした環境の中で障害当事者の方と職員が共
に笑い・泣き・怒り・喜び・共に働き・遊び・歌い・時にけんかし、自分自身を表現
しましょう」と平成13年11月に設立。支援員は「地域社会の一員として、地域社
会に必要とされる施設を目指し、日々支援を行っています」ということでした。玄関
を入るといきなり「こんにちは!」と大きな声での笑顔の挨拶に、思わずこちらも
「こんにちは」。いいですねー利用者さんの明るさが伝わってきます。部屋は広くい
くつかのコーナーに分かれていて、それぞれ支援員を含め7,8人で製品の袋詰め作
業をしていました。
別な部屋では、ごま油製造販売として専用機械でごまを絞り瓶詰で販売をしていま
す。このごま油を以前にも家族会で取り寄せ販売しましたが、人気で完売しました。
透明で高級感がありドレッシングに最適です。また、柑橘類のジャムも人気で、自前
の農場で育てたものを販売しています。そのほかに、「4500坪の畑で菜花の栽培、
収穫、出荷、販売も行っていて、利用者さんの工賃の向上にもつながっています」と
いうことでした。「え~~!4500坪ですかー?」思わずびっくりですが、詳しく
その辺をお話しますと別な部屋に案内されました。
「農林水産省の農福連携事業という取り組みをおこなっています。この事業は障害
者が農業を通じて就労の機会を得ることを目的として担い手不足や高齢化が進む農業
分野において、新たな働き手の確保につなげる」ということで、今後の農業を考えた
時に地域で支える農業にしていく、そのために農家や障害者就労支援施設との連携で
今後の農業を支える。この事業にピア宮敷は参加しているということのようです。
この取り組みでは、
・菜花栽培においては、作業に関わる障害者が当初の15名から25名まで増加した。
・障害者就業・生活支援センターに協力し、地域の障害者が就労訓練で参加。
・菜花の栽培に参加していた障害者1名が、作業を通じて体力がつき、特例子会社に
就職できた。
・令和5年度から地域の特例子会社が仕事として菜花収穫作業に合流。
・平均工賃が取組当初(令和元年)の13,000円から22,000円に向上。
・年々菜花栽培農家が減少する中、地域の菜花栽培維持を期待される。
などの成果があり、今後もピア宮敷は農家との連携に取り組んで行くそうですが、規
模の小さい就労支援施設も農家や他の連携は可能でしょうから、考えてみてもいいで
しょうね
最後にピア宮敷で製造された製品を買いました。近くフリーマーケットがあります
ので売ってみます。また完売間違いない!ですね。
今回は、安房3名工の一人「波の伊八」を学びました。今後機会があれば後藤義光
や武田石翁も紹介いたします。皆さん南房総出身ですからこの地域ただもんの集まり
ではありません。驚き!!
今回の研修は、南房総市からバスをお借りしました。また、いすみ市の関係者の方
から研修用にパンフレットをいただきました。そして、飯縄寺ご住職には詳しい説明
をいただき、大変勉強になりました。施設研修では、ピア宮敷第一工房の担当者の方
にはお世話になりました。皆さんありがとうございました。とても有意義な一日でし
た。
**************************************
蔦谷重三郎が北斎に「絵は世の中を変えることができる!」と言ったそうですが、
言われた北斎はその意味が分からなかった。悩み苦しんだ時に「伊八」の彫刻と出会
い「富岳三十六景」を描きあげます。ヨーロッパでは、皇帝のお抱え絵師が皇帝やそ
の一族専門に人物画や宗教画を描いていましたが、それが当時は主流で他の絵の評価
は低かった。でも、普段なにげない日常や風景を描いていた印象派の画家たちは、北
斎の絵を見て衝撃を受けたんでしょうね、自分たちで個展や展示会を開き広まってい
きました。まさに蔦谷重三郎が言った「世の中を変えられる」の瞬間だったのではな
いでしょうか。
世界で有名な画家たちは、人物で有名な人のトップは「ダビンチ」だそうです。そ
の次はと言われると間違いなく「葛飾北斎」と言うそうです。さすがに外国の方は伊
八までは知らないでしようが、もし皆さんが飯縄寺に行く機会がありましたらぜひ伊
八の本物の彫刻を観てほしいですね。伊八の功績を広めるのは私たちの責任ですから
やはり国宝にするべきだと思いました。
***************************************************************
ほぼ毎月発行しているこの会報ストックが、時を重ねて来年1月号をもって100号!
になります(拍手〜)…とは言っても一方的に出しているだけで誰が読んでくれてい
るのかわかりません。まあ会報ですから会員の皆さんに向けての情報発信と高次脳機
能障害普及・啓発活動が中心です。
この南房総に都会から引っ越してきて20年、都会のあわただしい生活に区切りをつ
けて「海を見ながらゆっくりと生活を」と思ったら、その3年後の息子の交通事故!
なんとか一命を取り留めますが、その後の5年間ぐらいは息子のリハビリと高次脳障
害とお付き合い。「高次脳機能障害って何者?誰か教えて!うちの子供だけなの?」
家族会を作ったはいいけど他にいるのかと思ったら、一人また一人「うちの息子の交
通事故で病院や行政に聞いたがわからず困っていた。やっとたどりついた」と高次脳
機能障害家族会に入会してくれた。点がやっと線になった。定例会が2家族や3家族
だけだったのが、役員会が行えるようになった。そして高次脳機能障害家族会が南房
総にあることが知られるようになってきた。会報をホームページで出して10年、そ
の前に紙で出していた時期も合わせて、来年早々に100号にたどり着きます。今後
も内容をより充実させて行きますので、よろしくお願いいたします。
今月もご覧にいただき、ありがとうございました。
